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東京高等裁判所 昭和39年(ラ)202号 決定

抗告人

高柳有限会社

代理人

広瀬通

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、抗告人の抗告申立の趣旨及びその理由は別紙のとおりである。

二、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(一)  抗告人は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を昭和三一年一一月一三日賃借し、それ以来昭和三二年五月二六日に申立外鄭建永、同田栗敏男らによつて、占有を侵奪されるまで、占有を続けていたものであり、その後本件建物の占有侵奪者鄭建永、田栗敏男、社団法人アメリカン・ソサエテイ・オブ・ジヤパンに対して、占有回収の訴を提起して第一審で勝訴し、右田栗及び社団法人との間では控訴審で審理中である鄭に対する判決は既に確定している。従つて抗告人は民法第二〇三条但書によつて、当初から占有を継続しているものとみなされ、本件建物について第三者に対抗できる賃借人であるから、本件強制執行に際して抗告人に対する執行名義若しくは抗告人の承諾を必要とするのにこれを得ずに執行をなしたのは違法であると主張する。

(二)  一件記録によると、東京地方裁判所執行吏関信雄等が、昭和三九年三月一九日稲垣武五の社団法人アメリカン・ソサエテイ・オブ・ジヤパン、鄭建永及び田栗敏男外三名に対する執行力ある判決正本等により本件物件に対して収去の強制執行に着手したところ同月二十一日抗告人から異議の申立があつたのでこれを中止し、同月二四日執行委任取下により右執行手続を解除したことが認められる。しかし相手方の提出にかかる乙第五号証(仮処分執行の点検調書)、同第八号証及び同第九号証(建物退去、同収去土地明渡強制執行調書)を総合すると本件強制執行の当日である昭和三九年三月一九日には本件建物の階下は鄭建永がその余の部分は田栗敏男と社団法人アメリカン・ソサエテイ・オブ・ジヤパンが各占有していたけれども抗告人は本件建物を現実に占有せず且つ右強制執行に対し何ら異議申立をなさなかつたことが明らかであつて、本件執行の当時は勿論其後に於いても抗告人が現実に本件建物を占有している事実はこれを認め得ない。

抗告人は、前記占有侵奪者に対する占有回収の訴で勝訴したことにより、民法第二〇三条但書に基いて抗告人の占有が継続しているものとみなされると主張する。しかし、民法第二〇三条但書は占有の被侵奪者が占有回収の訴を提起し勝訴して現実に占有を回復した場合にその間の占有の継続を擬制するものにすぎず、勝訴の判決を得た事実のみにより直ちに占有の継続が擬制されるものではない。従つて抗告人が現に本件建物の直接の占有者であることを理由にして本件強制執行に対して方法の異議を主張するのはその前提を欠くと謂うべきである。

もつとも抗告人の主張並に一件記録によれば、債権者を抗告人並に喜多綱市、債務者を鄭建永、社団法人アメリカン・ソサエテイ・オブ・ジヤパン並に田栗敏男とする東京地方裁判所昭和三二年(ヨ)第四六七〇号、第四九八八号及び第六五三〇号仮処分事件によつて、本件建物は本件強制執行に先立ち既に執行吏の保管に附せられていたことが認められるから、債権者たる抗告人は右仮処分の執行により執行吏を通じて本件建物の間接占有者ということが出来る。そして抗告人の主張に従えば抗告人はこの間接占有を有すること並に借家法第一条による対抗力を有する賃借人たることを理由に本件方法の異議を主張しているものとも解せられないではない。しかし斯る主張は外観上直接に執行の目的物を占有する場合(この場合には勿論方法の異議が可能である)と異なり、執行の目的物について第三者が実体上の権利を異議の理由とする場合に該当するのであるから、所謂第三者異議の訴の理由となるは格別、民訴法第五四四条の方法に関する異議の理由とはなし得ないのである。

なお前記認定の如く、本件執行は相手方より執行委任を取下げ執行手続を解除しているのであるが(ただ現在の状態が果して相手方主張の如く取毀収去の目的を達成した程度に在るか否かは暫く置く)、斯る場合にもその執行が再び為される虞ありと認められる場合には本件ににおいては具体的に特定された建物の収去による土地の明渡であるから、その虞が十分あると認められる)、事実上の占有を理由とする方法の異議のなお可能であることは勿論であるが、抗告人に事実上の占有のないこと前記の通りであるから、本件執行の終了したか否かについては特に判断をする必要がない。

(三)  以上説示の通りであり且つ記録を精査しても他に原決定を違法とすべき理由はないから、抗告人の異議申立を棄却した原決定は正当であり、本件抗告は理由がない。

よつて、抗告費用について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。(裁判長裁判官 鈴木忠一 裁判官谷口茂栄 安国種彦)

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